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大阪地方裁判所 昭和36年(ヨ)1889号 判決 1963年2月22日

申請人 小幡正

被申請人 近鉄タクシー株式会社

主文

申請人が被申請人の従業員としての地位を有することを仮に定める。

被申請人は申請人に対し昭和三六年七月一三日以降一ケ月金二七、二三〇円の割合による金員を毎月二七日限り支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者の求める判決

一、申請人主文第一、第二項同旨。

二、被申請人申請人の申請を棄却、訴訟費用は申請人の負担。

第二、当事者間に争のない事実

被申請人(以下単に会社という)は自動車約一三〇台、従業員三六〇名乃至三七〇名をもつてタクシー営業を行なつており、申請人は昭和二九年一月一六日会社に自動車運転士として雇傭され、毎月二七日限りその月分の給料の支払をうけていた。昭和三六年五月二二日申請人の担当車(大五あ―六七五五号)が相勤運転士の蒙つた接触事故のため車体後部に損傷を生じた。翌二三日申請人は会社に出勤したが担当車の修理が不充分であるといつてこれに乗務しないまま退社した。同月二五日会社は申請人に対して乗務しなかつたことについて始末書の提出を求めたが、申請人はこれに応じなかつた。同月二七日会社は申請人に対し当分の間乗務しないように命じた。その後申請人の属する近鉄タクシー労働組合(第一組合)と会社との間に非乗務の処置をめぐつて交渉がなされたが解決には至らず、さらに大阪地方労働委員会の行なつた斡旋も同年七月五日不調におわつた。同月一二日会社は申請人に対して「就業規程第四〇条により解職する」旨の意思表示をした。

第三、申請人の主張

一、解職の無効

(1)  就業規程第四〇条不該当

五月二三日申請人は下痢をおして出勤したが、担当車の修理が不充分であつたから職制の丸川班長に申出たところただちに再修理が加えられることになつた。申請人は丸川班長に「再修理に入るのなら昨日から下痢をしているので今日、明日と年次有給休暇をとらせてほしい」といつたが、丸川班長は一旦会社に出勤した以上年次有給休暇は認められないという理由でこれを拒絶した。しかし申請人が出勤したのは自分の担当車に他の運転士が乗務しては困るからであつて、担当車が修理のため入庫する以上無理をすることはないので年次有給休暇を請求したのだから丸川班長がこれを拒絶する理由はないし、その理由とするところは不合理である。また始末書の提出は稲葉班長から求められたが、会社がこれを求めるべき就業規程上の根拠も、正当な理由もない。したがつて申請人の所為は病気による休務にすぎず、従来会社においては病気による休務につき口頭の届出を認めており、無断欠勤の場合でさえ始末書の提出を求められる事例はなかつたことからみて、この休務は就業規程第四〇条に規定する「不都合な行為」には該当しない。だから就業規程第四〇条に該当するからという理由でなされた本件解職は無効である。

(2)  二重処分

会社は始末書を提出するまでは乗務してはならないと命じたのであるが、かりに申請人の所為が懲戒処分の対象となりうるとしても右非乗務処置は就業規程第四〇条第三号に規定する懲戒処分(乗務停止)であつてその懲戒処分の原因とされている事実についてさらに重ねて懲戒処分としての解職をすることは就業規程の運用上許されない。だから後の懲戒処分としての本件解職は無効である。

(3)  処分の不当性

従来会社では申請人の行為に類似した事例に関し本件のような処分(始末書、非乗務、解職)をしたことはなく、本件でもせいぜい訓戒もしくは譴責にとどめられるのが相当で極刑ともいうべき解職処分をしたのは就業規程第四〇条に「軽重に応じ」と規定されていることからみても不当である。

(4)  不当労働行為

近鉄タクシー労働組合は昭和二六年四月会社の全従業員で組織されたが昭和三二年一月組合中央委員徳留一が懲戒解雇となつてから会社側の策動と相まつて不平分子が分裂活動を行ない同年三月一四日第二組合が結成された。第一組合は分裂活動の中心人物大艸保彦ほか一三名を同年三月七日除名し労働協約に基いて被除名者の解雇を会社に要求したが会社はこれに応じないばかりか、かえつて第一組合役員西村四郎を解雇した。分裂後も会社は第一組合員に対しては些細なことを理由にことごとに不利益な取扱いをし第二組合員に対しては陰に陽にあらゆる便宜を与えた結果、現在では第一組合員はわずか一三名、第二組合員は三二〇名乃至三三〇名となつている。本件解職の原因とされている事実は前述のとおりとるに足りないものであり会社が解職処分をした真意は第一組合の存在を厭いこれを圧殺する手段として第一組合員である申請人を企業から追い出そうとするところにあるのだから本件解職処分は労働組合法第七条第一号の不当労働行為を構成し、無効である。

二、保全の必要性

申請人は依然会社の従業員としての地位を失つていないのに会社はこれを否定するから、会社を被告とする雇傭関係存在確認等の訴を提起するため準備中であるが、その判決確定まで被解雇者として扱われることは会社からの賃金だけで生計を維持するほかない申請人にとつて著るしい損害を蒙ることになる。なお申請人が会社から得ていた賃金は毎月甚しい増減がある。昭和三六年二、三月分は同年三月九日申請人が結婚のためその前後に年次休暇を集中的にとつたことにより、また同年六、七月分は乗務停止処分のため能率給、燃料節約手当、無事故手当、走行粁手当等の諸手当の支給をうけられなかつたことにより、それぞれ他の月に比して低い。申請人が支払を求める賃金は通常の状態における具体的賃金を基準にする必要があり、申請人が乗車勤務をしていることが自動車運転士としての通常の状態であるから、会社が申請人を乗車停止処分にしている間の賃金は右の意味で算出の基準とすることはできない。したがつて、本件にあつては、労働基準法第一二条に準じ乗務停止処分のなされた昭和三六年五月二七日を基準として、その以前三ケ月間の平均賃金によるべきだから、申請人が支払を求めうべき賃金は一ケ月金二七、二三〇円となる。

第四、被申請人の主張

一、解職に至る経過とその原因

五月二三日申請人は担当車の鍍金修理が不充分だ等と難くせをつけ乗務を拒否した。丸川班長は第六九一九号車が休車となつていたのでそれに乗務するよう指示したところ、申請人はこのような当て馬には乗れないとふたたび乗務を拒否した。丸川班長はさらに予備車第六七五四号車に乗務を指示したが、申請人は該車を点検したのちこれにも乗務を拒否した。丸川班長は当務責任者村田助役に右の経過を報告し、指示を仰いだ。村田助役が申請人の担当車を点検したが別に見苦しくもないので、申請人に乗務するようかさねて指示したが、申請人はその指示にも従わず、今日は腹具合が悪いから休むといつて帰社した。村田助役からこのことを報告された中尾営業所長はこのまま放置しておくと他の運転士にも好ましくない影響を与え、職場秩序維持にも支障をきたすおそれがあると判断して、申請人に始末書の提出を命じた。始末書の性質は事実のてん末の記録であり従来各営業所における従業員の論功行賞はいずれもこれを添付して本社で禀議することになつていて、昭和二五年会社設立以来実施されている慣行であり、それまで会社では上司の命じる始末書の提出に従わなかつた者はなかつた。申請人がこれに従わないので中尾営業所長は(1)たびたびの乗務拒否及び始末書提出を拒否して上司の命令に従わなかつたことに対するタクシー運転士としての反省を求め、(2)自動車運転士は常に冷静でどのような事態に対しても適正な判断と機敏な処置をとりうる条件下にあることが必要であるにかかわらず、このような精神状態にある者を運転業務に従事させるならばどのような事故を惹起するかもしれないので、道路交通法第七五条第二項にいう運行管理者としての義務を履行するためにも申請人を乗車勤務させることは不適当であること等から申請人に当分の間非乗務の取扱を命じたのである。したがつてこの取扱は就業規程第四〇条第三号にいう懲戒処分としての乗務停止とは異なる。第一組合の陳情に対して会社は申請人が指示されたとおり反省することによつて解決すると回答し、地労委の斡旋に際しても、事の大小を問わず上司の命に従わず乗務拒否をしたことは前例がなく、運転士不足に乗じて気まま放題にふるまわれては職場の規律も成り立たず円滑な業務の運営にも支障をきたすからあくまで申請人の反省が先決で、これさえできれば翌日から乗務させる旨言明した。七月六日畑専務取締役(当時)は申請人に対し三時間に亘つてその不心得をさとし、反省して早く正常に勤務するようすすめたが、申請人はこれに応ずる気配もなかつた。申請人は非乗務のため毎日食堂、休憩所等でぶらぶらしていたが、たまたま多数従業員のいる食堂で出入商人と会話中「この暑いのに乗務するより遊んで給料をもらう方がよい」と放言した。ここに至つては申請人に反省の色が全くみられないので、七月一二日<1>乗務指示の業務命令に違反したこと<2>多数乗務員の面前で上司の班長に対し罵詈雑言をあびせたこと<3>始末書提出の命令に従わないこと<4>職場秩序に悪影響を及ぼす言動があつたこと<5>多数社員に業務命令に服従しなくてもよいかの如き感じを与え職場秩序を紊乱したことの各事情を綜合して就業規程第四〇条により解職したのである。

二、平均賃金

申請人の平均賃金算定の基準は昭和三六年四月乃至六月の三ケ月分を平均するのが正当でそうすれば月額金二四、四四八円となる。

第五、疏明関係<省略>

理由

一、解職処分がなされるまでの経過について前叙当事者間に争ない事実に該当する部分を除いて当裁判所の認定した事実、

(イ)  乗務拒否について。五月二三日における申請人担当車(車種ヒルマン・ミンクス)の修理は損傷部分の塗装が荒下地だけで細下地、上塗はなされていなかつたこと、トランク・カバー左側下部と同リヤーフエンダーの接着部に二ミリメートル位の間隙があり開閉がやや固かつたことを除いては、バンバーガイド、およびマフラー取付ステーの各鍍金、テール・ランプおよびモールの各取替等もなされていた。塗装は同車がツウートーンカラーのためやや見苦しく、トランクを利用する顧客もまるつきりない訳ではないが、タクシーとしての運行にさほどの障害があるとは思われない。丸川班長は申請人に乗務するように指示し、申請人は丸川班長にどうしてこのような車を工場から受けとつたのかと責めてお互いに言い争いのような形になつたが、結局同車は再修理することとなつた。そこへ運転士井上浩利が腹痛のため乗務できないから帰らしてほしいと丸川班長に申出てきたので、丸川班長はこれを許可し、同人の担当車第九二九号車(社内番号)(車種トヨペツトクラウン)が空いたのでそれに乗務するよう申請人に指示したが、申請人はこれを快よく思わずこんな当て馬みたいなのに乗らないといつて拒否した。そこで丸川班長は予備車第七五四号車(社内番号)(車種ヒルマン・ミンクス)に乗車するよう指示したところ、申請人はその車のドアを開けてみてこの車もいかんと拒否した。丸川班長は村田助役にこの経過を報告し、申請人は村田助役に下痢をしているから帰らして貰うといつたところ同助役はあとはどうなつても知らんぞと答えたが申請人はそのまま退社した。なお五月二五日に申請人が出勤した際には第七五四号車に乗務している。以上は、成立に争のない疏乙第四号証、証人八尾国三の証言により真正に成立したものと認める疏乙第二号証、申請人本人尋問の結果により真正に成立したものと認める疏甲第六号証、証人丸川喜久治、同八尾国三、同下川喜代二の各証言申請人本人尋問の結果により疏明される。

(ロ)  始末書について。五月二五日稲葉班長が申請人に対して上司を侮辱したことについて始末書を提出するようにと要求し、申請人は班長を侮辱したこともなく、またそのような車を受け取つた班長が悪いのだから班長から先に書くようにとこれに応じなかつた。申請人は自己の所属する第一組合の委員長西村四郎に相談して理由書と題する書面(疏甲第六号証)を作成し五月二六日稲葉班長に提出したがこういう理由書のようなものを提出してくれとは言つていない。あくまで始末書でなければいけないとその受領を拒絶された。始末書とよばれている書面にも会社の従来の慣行からみると大ざつぱに言つて二つの形態があり、一は事実のてん末の報告書であり(例疏乙第一一号証の四)他は何らかの形で自己の非を謝まる旨の意思表示が含まれている文書「詫び状文」であるが、本件において会社が申請人に提出を求めたのは叙上の経過からみて後者と認めるべきである。以上は成立に争のない疏乙第一〇号証の三、第一一号証の四、第一二号証の四、前出疏甲第六号証、証人西村四郎、同丸川喜久治、同稲葉三次、同中辻太三郎の各証言、申請人本人尋問の結果により疏明される。

(ハ)  乗務停止について。五月二七日の乗務停止処分は就業規程第四〇条第三号に規定する懲戒処分とみるべきである。何故ならばまず処分者の主観的意図の面では被申請人も自認するように乗務拒否に対するタクシー運転士としての反省を求めるにあり、且始末書提出を拒否して上司の命令に従わなかつたことすなわち申請人の会社に対するいわゆる不都合な所為が乗務停止処分の原因とされており、現に始末書を出さなければ乗務させない旨の指示が営業所長からなされているからである。他にいうところの運行管理者の義務云々は道路交通法第七五条第二項も明定しているように運転者がアルコール又は薬物の影響過労、病気その他の理由により正常な運転ができないおそれがある状態にあるときを予定しているのであり、ここにいうのは主として安全運転の障害となりやすい生理的状態であると理解すべきである。勿論心理的状態も安全運転に影響するところ少なしとはしないからその限りでは同条にいうその他の理由として考慮しうるけれども単に上司の命令に従わないといういわば服務態度が安全運転にただちに影響をおよぼす心理的状態であると解することは困難であるから、右法条に基く運行管理者の義務として本件乗務停止の処分がなされたと認めるのは相当でない。尤もタクシーの場合は乗客に対する印象も考慮すべき大きな要素となるけれどもしかしそれは安全運転という見地からする運行管理者の配慮としてではなく、営利事業の主体としての政策的考慮からみて問題となるので自からその性質を異にする。また乗務停止処分はその機能という点からみても懲戒処分として理解しうる。何故ならば、自動車運転士の給与体系は基本給(固定給)が比較的低く、乗車勤務による諸手当の支給によつてその実質賃金が大幅に影響をうけるので、運転士に対する経済的制裁としての作用をかなり強力に営むであろうと思われるからである。以上の点は成立に争のない疏甲第四号証の一乃至八、疏乙第三号証、証人中辻太三郎、同稲葉三次の各証言、申請人本人尋問の結果により疏明される。

(ニ)  食堂での放言等について。五月二七日、乗務停止処分をうけて後申請人は丸川、稲葉両班長からその都度うける指示によつて故障車の修理応援、整備車の回送、掃除等に従事していたが、一般的な代替事務の指示はなく、個別的指示のない限り食堂休憩所等でぶらぶらしていた。七月一〇日頃の昼休み会社の食堂で会社出入の洋服商人河野某と対談中「この暑いのに仕事をするよりもこのように遊んでぶらぶらしている方がよい」旨のことを言つた。以上の事実は証人高橋勝の証言から真正に成立したものと認める疏乙第五号証、証人高橋勝の証言、申請人本人尋問の結果により疏明される。

二、就業規程第四〇条該当の有無

就業規程が懲戒原因として予定している「不都合な行為」とはそれが性質上企業経営に支障をおよぼすというかぎりでの「不都合」を問題としていることは疑がない。例えば交通事故を起したとか、乗客の遺留品を横領したとかの如くである。尤もこれは必ずしも自己の業務に際し、又は関したものでなくたとえば世人を驚愕させるような破廉恥罪を犯したというようなむしろ私行に亘るものであつてもそのことが会社の信用に明らかな影響を及ぼすことが認められるならばやはりここにいう「不都合な行為」にあたると、いうべきであろう。それで申請人の所為がここにいう不都合な行為に該るか否かについて会社は解職原因として次の(イ)乃至(ニ)の五個の理由をあげていることは前叙説示のとおりである。

(イ)  乗務指示の業務命令に違反したこと。この事実は「理由」一の(イ)「乗務拒否について」において認定したとおりである。

(ロ)  多数乗務員の面前で上司の班長に対し罵詈雑言をあびせたこと。罵詈雑言といえるかどうかはさておき、申請人が丸川班長にどうしてこのような車を工場からうけとつたのかと責め、さらにこんな当て馬みたいなものには乗らないと言つたことは前に「理由」一の(イ)「乗務拒否について」において認定したとおりである。以上(イ)(ロ)の乗務拒否、丸川班長とのやりとりが、二重処分の関係から懲戒解雇の事由となり得ないことは後に詳述する。

(ハ)  始末書提出の命令に従わないこと。前に「理由」一の(ロ)「始末書について」において認定したとおり本件における始末書は謝罪の意思表示を含む文書とみるべきである。だとすればそもそもそのような謝罪を会社は従業員に求めうるか否かが問題となる。勿論従業員が任意にこれを提出することは妨げないとしても、不提出の場合に何らかの制裁を加えて間接的に強制してまでこれの提出を求めうるかは疑わしい。何故ならばいうまでもなく雇傭契約は労働力の売買であつて、その労働者の意思、感情までもその取引の対象としている訳ではなく労働者にはその雇傭されている企業に対する債務の本旨に従う労務提供義務こそあれ、雇傭契約に基く拘束を超えて全人格的服従義務、いわば封建制下の忠誠義務のようなものはないのである。だとすると始末書の不提出自体を不都合な行為として懲戒解職(或は他の懲戒処分)の事由とすることは、これを間接強制する結果になるから許されないものというべきである。被申請人は始末書提出が会社設立以来行なわれて来た慣行で、それまで上司の提出命令に従わなかつた者はなかつたというが、もしこれがその背後に何らかの強制的契機を有しつつ実施されて来た慣行であるならば法的には許し得ないものというべく、許し得ない慣行はいくら長期間積み重ねても適法と化すべきいわれはない。

(ニ)  職場秩序に悪影響を及ぼす言動があつたこと。弁論の全趣旨に徴し具体的には前に「理由」一の「ニ」「食堂での放言等について」において認定した食堂での洋服商に対する発言をさすと思われる。その発言内容もことこまかにせんさくすれば他の従業員の勤労意欲を低下させるということになるだろうが、前に掲げた各疏明資料によればその発言当時周囲にそれほど多くの人間が蝟集していたとは思われないこと、申請人としては乗務停止処分のため賃金が低くなつたことに対する反発から来る一種の強がりのような気分にあつたとみられないではないこと、同一内容の発言をくり返している訳でもなさそうであること等からみて懲戒解雇事由に該当するか否かという観点から考えると、解雇に値する程不都合とも考えられない。

(ホ)  多数社員に業務命令に服従しなくてもよいかの如き感じを与え職場秩序を紊乱したこと。弁論の全趣旨によればこれはむしろ申請人の一連の行為を他の従業員に対する影響という面でまとめたもので特に何らか特定の行為を予定しているとは考えられない。

さて、会社のなした解雇の意思表示がその効力を生ずるか否について判断するに当つては、それに先立ち先づ次項の二重処分の問題に立入つて考察しなければならない。

三、二重処分の有無

前に認定したとおり本件乗務停止処分は就業規程第四〇条第三号にいう懲戒処分とみるべきであり、且、その処分がなされた当時申請人の乗務拒否および丸川班長とのやりとりは会社に判明していたのだから―始末書の不提出が法理的に、また食堂での放言が時間的にそれぞれこの懲戒処分の事由となり得ないことは前説示のとおりだからこれを除くとして―その処分の事由としては右二個の事実のほかには考えられない。一般に或る事実に基いて甲という懲戒処分がとられたのちに、その事実について再び乙という別の懲戒処分(処分の形式は同一でもよい)をとることは一事不再理の原則に照し許されないものと解すべきである。但し或る事実について懲戒処分をとつたところ、それから短期間の後に他の懲戒事由が発生したのでこれに対する処分を定めるに際して近い過去に何らかの懲戒処分に附されたことがあるという事実をいわば情状として考慮することは許されてよいと考えられる。(この意味では国家刑罰権の発動に関する執行猶予の許否と前科の関係に類似して考えられる)このようにみてくれば、申請人の乗務拒否、丸川班長とのやりとりに対しては既に乗務停止処分という懲戒の方法がとられているのであり、その処分自体が相当であるか否かはさておき、このことをそのままの形で懲戒解職の事由とはなし得ないと言わなければならない。

四、処分の妥当性

以上みてきたところからすれば、結局本件懲戒解職処分は申請人の食堂における発言をその事由とし、且乗務拒否、丸川班長とのやりとりに対して一度懲戒のため乗務停止処分に付せられているにもかかわらず反省することなく右発言に出でたことをその主たる情状としてのみその妥当性を考慮しうることになる。食堂での発言がたとえ「不都合な行為」に該りうるとしてもその不都合さはかなり稀薄なものであることは前に述べたとおりである。また一旦懲戒処分に付されていながら反省するところがないというには、本発言は反省の有無を判定する資料としての迫力に乏しく且昭和三六年五月二七日なされた前の懲戒処分である乗務停止が同年七月一二日の解雇まで就業規程第四一条第三号の規定に違反して一ケ月以上に及んでおることを考慮すれば(右処分の日時については当事者間に争ない)、違法の懲戒処分のうえにさらに重ねてより重い懲戒処分を必要とする事情は何ら認められない。一般に使用者に認められている懲戒権は企業経営権から派生するものと解すべきであり、経営秩序維持の目的にのみ奉仕すべき性質を有しているとともに、それが行使される結果労働者に何らかの不利益を課するものである以上、当然その行使の程度、方法について客観的妥当性を具備することを必要とするのであつて、右目的を逸脱しあるいは右程度、方法を超えて行使された場合には懲戒権の濫用としてその処分は無効となるものといわなければならない。だとすれば本件においてみてきたような申請人の行状を事由にして、労働者にとつてはまさに死刑にもあたるべき懲戒解職を行なうことは、懲戒権行使の程度がその客観的妥当性を欠くものとみるべきであるから、不当労働行為の点について判断するまでもなく本件解職の意思表示は無効であるといわなければならない。

五、保全の必要性

申請人が会社から支払われる賃金だけで生計を維持するほかないことは申請人本人尋問の結果からこれを認められる。ところで地位保全仮処分で予想する賃金仮払に際しては、著るしい損害を避けるためにはどの位の賃金を少なくとも仮に支払うべきかといういわば必要性の判断が加わるので必ずしもいわゆる得べかりし利益としての賃金と同一視しえないとしても、特段の事情がない限り、賃金だけが唯一の生計維持源であることが疏明された以上、その得ていた賃金が仮に支払われるべき額であるとみてさし支えがない。とすれば申請人が会社で得ていた賃金はいくらとみるべきであろうか。申請人の得ていた賃金は各月によつてかなりの増減を示しどれをもつて一カ月の平均賃金算定の基準とすべきか困難な問題ではあるが、申請人は自動車運転士として会社に雇傭されたのであり、その稼働の常態は勿論乗車勤務であり乗務停止処分をうけたことは本件がはじめてでありむしろ異常な状態といえる。且自動車運転士の賃金構造は基本給料が比較的低く、能率給、燃料節約手当、車輌管理手当、深夜勤務手当、走行粁手当等の諸手当は乗務しない場合には支給されず、精勤手当も乗務しない場合には減額されるから、乗車勤務しているかどうかは支払われる賃金の額に決定的差異をうみだす。したがつて本件にあたつて乗務停止処分をうけた昭和三六年五月二七日以降の申請人の賃金状態は一応異常のものとして考慮の外におくべきである。とすれば正常の賃金算定のめどになりうる最終の日は同日であるからこれに労働基準法第一二条の趣旨にならつて同年三月分、四月分、五月分の各申請人が得ていた毎月の賃金の合計を三で割つたものをもつて平均賃金とみるべきであろう。だとすればこれは一カ月金二七、二三〇円となる。以上算定の基礎となる賃金額は成立に争のない疏甲第四号証の一乃至八、同乙第四号証申請人本人訊問の結果による。

六、結論

以上みてきたように申請人の本件申請はいずれもその理由があるので正当として保証を立てさせないでこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎福二 荻田健治郎 土山幸三郎)

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